2007年05月18日

『なわとびと沈丁花』

 匂いというのは厄介なもので、
 ときとして映像や音よりも
 リアルに過去を思い出させる。
 と、彩子は思っている。

 お粥のとろりとした甘さに父親の背中を、
 取り込んだ洗濯物の日向の匂いに恋人との別れを、
 雨の降る直前の湿気た空気に母のいなくなった朝を……そして、
 ふいに鼻先をかすめる沈丁花の香りに淡い初恋を。

 何の前触れもなく記憶を封じ込めた心の襞にするりと滑り込み、
 それらは彩子を翻弄する。
 いつだって、どこでだって。

 「なわとび?」
 受話器を持ちながら窓を開けた瞬間、
 沈丁花の甘い香りが部屋に入ってきた。

 「そう、買ったの」
 「なんで、なわとび?」
 相変わらずワケわかんないね、と由佳が笑う。

 「公園の前を通ったら、近所の小学生たちがなわとびをしてたの。
 二重跳びの練習。見てたら、わたしもまだ跳べるかな?と思って」
 「二重跳びが?」
 「そう、何回できるか確かめてみたくて」

 さっきの沈丁花の香りはどこからやってきたのだろう。
 マンション下の広場だろうか。
 今朝、会社へ向かうときは気づかなかったけれど。
 風向きのせいでもっと遠くから流れてきたのかもしれない。
 その香りに誘われて、
 数年ぶりにふと公園へと足を踏み入れたんだった
 と、思い当たったとき。

 「それで?」
 由佳が呆れたような、
 それでいて楽しんでいるような様子で訊く。
 「それだけよ」

 「そうじゃなくて。何回できたの、二重跳び」
 「できなかったわ」
 「一回も?」
 「一回も」

 「情けないね」と由佳が笑う。
 「情けないよ」と彩子も笑った。
 「最高記録二十八回だったんだけどなぁ」

 いつの間にできなくなってしまったのか。
 もちろん思い出そうとしても
 心当たりなんてちっともないけれど。
 一体いつまで自分は
 二十八回の記録を維持できていたのかと不思議に思う。

 あんなに簡単に跳べたのに、いまはもうできない。
 なわとびだけじゃなく、
 いろんなことがそうかもしれない。

 突然、「あ、いま沈丁花の香りがした」と、
 由佳の声が弾んだ。
 ただそれだけで、つらつらと考えこんでいたことが
 どうでもいいことになる。

 「こっちもするよ」と答えた自分の声も
 心なしか弾んでいる気がした。


posted by しがない物書き椿屋 at 23:21 | 京都 ☁ | Comment(3) | TrackBack(0) | たゆたふ欠片
この記事へのコメント
鼻先をかすめる沈丁花の香りに幼稚園の卒業式を思い出します…なにかの花が間に合わなくて全員、沈丁花の花を制服の胸元につけたんだよ。
雨降る直前も独特のノスタルジアがありますねー。
終電前、都心から歩き住宅街で感じた金木犀の香り、大雪の次の夜の凍った風、真夏の明け方4時…など思い出が臭いとともに蘇ります。
Posted by 明石 at 2007年05月19日 03:01
全文読めて嬉しいな。
和紙のような素材に印字して短編集に束ねてみたくなる。それで赴きある喫茶店の各テーブルの隅にそっと置いてあったら・・・

なんて、勝手に想像しちゃいました。
頁を捲るひとのあたたかい眼差しが浮かぶ気がするよ。
Posted by 夜春 at 2007年05月20日 00:02
>明石さま
そうですよね。
記憶って、匂いに直結しているところが多々あって、それって日本人独特だな〜と思うことがあります。
ワタシは沈丁花と言えば、高校時代の通学路を思い出します。
途中の公園にめっちゃ植わってたんですよ〜。
なので、沈丁花=青さ(若さ?)というイメージが拭えません(笑)


>夜春ちゃん
まさしく、和紙に印字して本のカタチにして展示してたのよ〜。
実物で見て欲しかったわ。

いつか、東京で個展を!!
ってか、本を出せばいいのか??(笑)
Posted by 涼 at 2007年05月21日 02:22
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