料理好きな妻の言うことは
いつも唐突で、もっともだ。
加納はそう思っている。
下の息子が5才になるのをきっかけに
中古だが家を買うことにした。
同居する母親が
向日葵を植える庭を欲しがったことも後押しとして。
いくつかの物件を見ている中で
いま流行の電気調理器具を薦められ、
妻がすかさず答えた一言は
妙に加納の中に居座った。
「おにぎりやお寿司に巻く海苔は
やっぱり直火であぶって
香りを出したいの。
だから電気コンロはダメ。
安全装置がついてるものも
お鍋を上げると火が消えるから困るし。
こういうの開発する人って
料理しないのかな?」
安全や利便性を求めて
かえって
不便になることは
案外、多いのかもしれない。
「海苔あぶる用にカセットコンロを買えば?」
久しぶりに会った高校の同級生のひとり、
喜多見が穴子のにぎりを食べながら言う。
「海苔をあぶるためだけにコンロを出すのが面倒らしい」
自分も提案した内容は
とっくに却下済みだ。
「へぇ、面白いね」
ガリを箸でつまんで感心声を出す。
「海苔をあぶる手間は惜しまないのに、
カセットコンロのセットが無駄とは」
目の前で鰆をあぶる職人に向かって笑いかける。
「まあ、どんな人間の中にも
相容れない性質が同居してるものだけどね」
喜多見のこうした物言いが、
ひどく自分を安心させることを加納は知っている。
「だから、面白い」
手酌で熱燗を注ぐ。
「ところで、チビたちは元気?」
「元気有り余って困ってるよ」
片時もじっとしていない
ふたりの息子たちを思い出す。
「それも、面白い」
空いた加納の盃に酒を注ぐ。
「今日、電話で『また来てね』って言われたけどなぁ」
ここ数日、忙しくて寝顔しか見ていない。
「それで? 今日の報告はなんだった?」
「サボテンに花が咲いたって」
「へぇ、かわいいね」
今朝はまだ開いてなかった小さな蕾が
可憐に咲いているのを想像する。
それを見ながらうれしそうな息子と妻も。
真っ暗な部屋へ帰る喜多見の
孤独と自由と強さも一緒に。
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