淋しさに足首を絡め囚われることがある。
音もなく気配もなく足元に忍び寄ってきて。
さして親しくもない知人から結婚式に招待され、
十年来の友人の赤ちゃんを抱き上げ、
幸せそうに並んで歩く恋人たちとすれ違い、
クリスマスやバレンタインで賑わうデパートに出向くときに。
正体不明の煙のようなものが
足元にまとわりつく。
自分にいくらか余裕があるときは
それでも
その謎の煙を蹴散らし、踏みつけ
進むことができるのだけれど。
ときには、ぐぐぐっと
思わぬ力で足止めを食らってしまう。
恋人がいないことが、悲しいのではない。
結婚していないことに、負い目があるわけでもない。
強いて言えば、
結婚したいと思う人がいないことが問題なのかもしれないけれど。
独りが、恐い。
なんてこともない。
なら、この煙はどこからやってくるのか。
なぜ、この煙はときどきやってくるのか。
学生時代にひとつ、社会人になってからひとつ。
大きな恋をした。
淡さがふんだんに溶け込んだ心持ちで、多少なりとも将来をリアルに意識し、
自分のすべてがいったんバラバラに壊されて、それからまた組み立てられるような、
情熱や、切実や、痛みを甘んじて受け止める覚悟を持って、
向き合い、寄り添い、並んで歩いた。
けれど、心のどこかで、不完全さに気を取られ、
いくつもの要因が重なり合い、交わり合い、ダメになってしまった。
いまならもっと、うまく関係を維持できただろうか。
前の恋を手放してから、
何かに突き動かされるような衝撃で
誰かをほしいと想うことがない。
出会いはどれも、清水のように流れていく。
どこに留まることなく、
平穏な毎日の中で。
約束の場所には先に着いた。
薄曇りの空を見上げる。
織姫と彦星のデートは今年もお預けだろうか。
『今夜の降水確率は75%です』
にこやかな笑顔で告げた天気予報のお姉さんを思い出す。
そう。
雨が降っても、傘をさして行けばいい。
誰に遠慮することもなく。
目の前の広場には、
大きくて青々とした笹が設置され、
色とりどりの短冊が揺れる。
照れ笑いしながら願いごとを書いた日、
自分に代わって一番高い枝にくくりつけてくれた背中に
抱きつきそうになった記憶が、潮が満ちるように喜多見を支配しはじめたとき。
「ごめん! お待たせ」
「遅い!」
「弟と短冊つくってたら、電車一本乗り過ごして」
息せき切って、鞠子が駆け寄ってきた。
短冊に書けるような願いごとなんて思いつかない。
けれど、せっせと色紙を切っている彼女の弟を思い浮かべるだけで、
さっきまでの記憶が若干、薄れていく気がした。
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他にもいっぱいあると思うけど、(TOPの文もいいね。絵も好き!)
私、この「七夕の夜に中庭で」がきっと一番好きだと思う。
涼姐の無意識のなにかが突き動かしたような力強さを感じました。
内容がどうとかというより、すぅっとした気迫が感じられました。
だから自然に物語がこっちに沁みこんで、ゾクっとしたよ。すごい。。
とらわれたらあかん、と思ったらもうすでに遅いんですよね。
今週京都に参ります。
じたばたしないで深呼吸でもしてこよう、と思います。
ありがとうございます!
これは、実は途中で大幅に加筆・修正した物語。最初のは、どうにも息切れ感がありながら、日程的に少し妥協したところを、友人に指摘されて、反省してざっくり直したのです。
なので、この作品を気に入ってもらえると素直にうれしくもあり、最初の段階でベストを出せなかったことへの叱責もあり。
複雑です(笑)