すうっと土に消えていく。
さっきよりも少し
土の色が濃くなった。
外灯の光を反射したしずくが
ぽんっと花びらに跳ねる。
幾枚もの葉を
飛び越えて伝った。
こんなにも雨が似合う花は他にない。
紫陽花が咲き誇る寺院の境内で、
駅へと急ぐ途中の公園で、
姉が丹精こめて世話する庭で、
紫陽花を見ては思い出す。
花の素晴らしさを教えてくれた
フラワーショップの店員。
初めて訪れたのはいつだったか。
たぶん、母の日の前日。
カーネーションを嫌う母に
代わりの花を選ぶ自分は
さぞかし困惑顔だったのだろう。
「カーネーションは嫌いなの?」
声をかけられて、身構えながらもほっとした。
次に訪れたのは、友人の誕生日の朝。
「女の子のプレゼントに困ったら花にすればいいのよ」
姉の言葉に素直に従って。
三度目が、ホワイトデー。
もらったチョコのお返しに、小さなアレンジをいくつか。
「たとえ明らかに義理チョコでも、お返しは義務なの」
これまた姉の言葉に縛られて。
「随分とモテるのね」
「これは…鞠姉ちゃん、いや、姉が……」
「へぇ、義理のお返しは義務かあ。ステキなお姉さんだわ」
「ステキ、かなぁ?」
「ステキよ。羨ましいわ、そんなお姉さんがいて」
「傍若無人ですよ」
「弟にとって、姉なんてどこでもそんなものじゃない?」
くすりと笑った彼女は、紫陽花が好きだと言った。
「君は?」
「え…、どうかな……」
「次は自分の好きな花を買いにきてね」
「あ、はい」
胸元の名札には「実花」の二文字。
ああ、なんて花屋に似合う名前だろう。
花が好きな人に悪い人はいない。
なんて、
どこかで使い古されたような表現でしか
彼女をイメージできないことに苦笑い。
甘い香りが漂う店内で
生まれたのは
紫陽花みたいに淡い色のやさしいキモチ。
まだ恋にもならない小さなつぼみ。
どうか、伝うしずくのように
儚く消えてしまいませんように。
次に会うときには
淡い色の紫陽花を選ぼう。
いまから梅雨が待ち遠しい。
©手描染屋眞水
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