2007年06月13日

『最強の殺し文句』

 図書館からの帰り道、
 あぜに咲く禍々しいほどの
 激しい赤を見つけて立ち止まった。

 一面の絨毯のような彼岸花。

 「相思華ですね」
 声をかけられたのは、そのとき。

 「相思華」とは、「曼珠沙華」と同じく
 彼岸花の異名のひとつ。
 韓国での呼び名だという。

 「韓国の方ですか?」
 「いいえ。ただ、美しい名前だから」
 なんのてらいもなく
 男の人が「美しい」と言うのを
 実花は初めて聞いた。

 それが、きっかけ。

 たったひとこと。
 「美しい名前だから」と。

 それからも実花は、竜一の紡ぎだす言葉に恋をした。

 竜一は「ごめんなさい」と「ありがとう」を
 安売りはしないけれど、惜しまない人だった。

 三十を越えた大の男が
 しゅんとした様子で「ごめんなさい」と謝るのは
 たまらなくいとおしいキモチにさせた。

 喧嘩中でも、
 何かを手渡せば「ありがとう」と言う。
 ほんの少し不本意そうな、憮然とした様子で。
 その言葉に、実花はつい怒りを収めてしまうのだ。

 「相思華みたいだ」
 いつだったかベッドの中で竜一が囁いた。

 「わたしたちが?」
 「相思華は、花は葉を思い、葉は花を思うって意味なんだよ」
 「どっちが花?」
 思いのほかロマンチストな一面も、竜一の魅力だと実花は思う。

 他愛もない話をしながら、短い相槌を打って、
 髪をすく竜一の指にうっとりする。
 首筋に顔を埋めて、ときどき鎖骨に口づける。
 至近距離で目が合えば、ふわりと笑う。
 どこからか救急車のサイレンが聞こえた。

 ああ、好きだな。
 タメ息と一緒に吐き出さなければ
 身体中が『すき』というキモチで埋もれてしまいそう。

 そう感じる瞬間が、実花にはある。
 竜一にもあればいいな、と思う。

 大袈裟でもなんでもなく、
 『すき』の言葉がぎっしり詰まっている気がするのだ。

 だから、破裂してしまわないように
 タメ息と一緒に吐き出す。

 「好き」

 安売りはしないけれど、惜しまずに。
 最強の殺し文句をあなたにあげる。


img007.jpg
 ©手描染屋眞水
posted by しがない物書き椿屋 at 12:20 | 京都 ☁ | Comment(2) | TrackBack(0) | たゆたふ欠片
この記事へのコメント
安売りはしないけれど惜しまずに  いいですねー(長音記号1)
Posted by 雪だるまの白 at 2007年06月15日 11:47
>雪だるまの白さま
ありがとうございます。
そのフレーズに響いてくださってうれしい限りです。
言わなくても分かることなんてない。
伝えるために必要なことはなにか。
そんなことを考えながら書きました。

Posted by 涼 at 2007年06月15日 19:13
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