※あらかじめ断っておくが、今日の日記は長い。ワタシには、恩師と呼べる先生が
中学にひとり、高校にふたり、大学に4人いる。
そのうち、ふたりは長らく連絡が取れていない。
中学時代の恩師は、国語科のハイカラな年配の女のY先生。
眩しいくらいの黄色くてかわいい車を陽気に乗り回し、
文化祭のフォークダンスの練習にも嬉々として参加し、
文学史を学ぶ意味を教えてくれた人だ。
高校時代の恩師のひとりA先生は、これまた現代文の担当教師で
受験生である高3の一年間をまるまる太宰治について授業した個性派。
自ら撮影してきた「斜陽館」の引き伸ばした写真とか見せられたなぁ。
細身のデニムをはいて、大型のバイクにまたがり
学校までの坂道を颯爽と駆け上がってくる人だった。
受験のための小論文を個別指導してもらっていたが、
文章の書き方云々よりも物事の捉え方、考え方、伝え方を学んだ。
もうひとりは、2、3年の担任で担当教科は生物。
全くの自由人で、朝のSHRや終礼にいないこともザラだったし
生徒に何かを強要することはなく、物事を損得で考えるのを良しとした。
人生で一度だけ同窓会なるものに出席したことがあったが、
そのとき「あなたは教師になると思っていた」と言われ、
その場では、そんなわけあるまいに…と思いながら笑った。
あれから10年以上経って、よもや己が教壇に立つことになろうとは。
大学時代の恩師のうちひとりはゼミの指導教員だったT先生。
教えていたのは、中国語と中学文学史。
物腰やわらかく、独特の口調でさらりと愉快な物言いをする男の人で
うちの大学の先生陣の中では若手だったと思う。
理由を明確に言葉にするのは難しいが、1回生のときの講義が面白くて
結局ゼミまで4年間、随分とお世話になった。
そしていまは、「
火鍋子」という先生が編集長を務める冊子に
映画評論を寄稿する立場としても親交が続いている。
(ちなみにその連載のイラストは
辻ヒロミ嬢が担当してくれている)
もう一人は、全国の祭礼について研究している女性教授。
専門分野は、文科人類学・民俗学だ。
ワタシがライターになる足掛りを与えてくれた人で
そういう意味でもその字のごとく「恩師」。
在学中は、伝承文学についての講義を履修していた。
研究者然とした佇まいで(独身で)、その生活スタイルに憧れたものだ。
一度、先生のお宅を訪問したことがあって
そのとき出してもらった酸味の強い珈琲の味がいまだに忘れられない。
(特別にブレンドしていたのか、珍しい豆だったのか…
とにかく先生のこだわりの味だったと記憶している。
が、どこで手に入るのかは分からないまま)
珈琲が苦手だったが(いまも得意ではない)、
いままで自分が好みの味に出合ってなかっただけか!
と気づかされた印象的な出来事だった。
残りの(連絡が途絶えている)ふたりのうちひとりは、映画・演劇が専門で
演劇論の講義では1年間かけてシェイクスピアを学び、
平常点を獲得するために映画・演劇を観ては感想文を提出した。
彼の年間300本を優に超える鑑賞記録には舌を巻いた。
その頃は、自分もいずれ仕事で試写会へ行く身になるとは思ってなかったから尚更。
それでも、あの頃の先生の記録にはいまだに敵わない。
キタやミナミの映画館で何度かばったり会ったことがあって
講義してるより映画観てる時間の方が圧倒的に長いんちゃうか、と思ったものだ(笑)
残るひとりは、畑違いの音楽学科の先生で、本職は大阪フィルのチェロ奏者。
当時、書こうとしていた小説にチェリストを登場させたくて
道場破りのようなキモチで「たのもー!」と体当たりして
研究室を通してアポを取ってもらい、練習風景を見学させてもらったりした。
そのときプロットを練っていた話はいまだ日の目を見ていなくて
ときどき思い出したように申し訳なくなってしまう。
左手で弦を押さえるから、と結婚指輪を右手にしていて
その話を語ってくれたときの先生の表情はいまも鮮明。
自分が教師として生徒たちと向き合うことで
恩師の言葉や彼らからもらったものを思い出すことが増えた。
そんな中、暑中見舞いとして「ことり会だより」を送った
高校のときの担任H先生から便りが届いて、
先生の記憶に留まっていられる自分でよかった、と思ったり。
その手紙の中に次のようなことが記されていた。
1.生徒と教員は完全に平等であって、役割が異なるだけである。
2.自己の自由の追求と他者の自由の追求は完全に等価値であって、
同時に成立するところに行動の基準となるものが生じるのであって、
それを基に判断する。
3.物事の正否の判断には、自己の論理処理で完全に証明された事だけを、正とする。
論理で明らかに誤となるもの以外は全て、中立とする。
これは「ある教員の生徒に対する考え方として参考に」と自身のケースを提示してくれたもの。
なるほど。
H先生をはじめ、これらの先生方の主義や持論が
現在のワタシの教師としての在り様に
多かれ少なかれ影響を与えていることを改めて感じ入ったというわけ。